「料理人の考えていること」の1つ目は、「食感が生かされていること」である。
食感とは
本来は「触感」であるが、口の中のことを議論するのと、一般的になってきているので、ここでも「食感」とする。食感を表す用語は日本語に非常に多い。 特に日本語ではオノマトペと呼ばれる擬音語・擬態語を使うことによって、多様化しており、。
食感とテクスチャー
食品は固有の構造がある。構造を持った食品を口に入れて咀嚼を開始した時、歯や上顎、舌で食品を破壊していく。破壊されていく時の抵抗する力が物性であり、それをテクスチャーと呼ぶ。食感とは、食品の持つテクスチャーを歯や上顎、舌の触覚受容器で感じる抵抗であり、三叉神経によって脳に情報が運ばれる。
食感をデザインする
食感を生かす
食材はそれぞれ固有のテクスチャーを持っている。タケノコなど食感だけでその食材であるとわかることもある。料理の中で、主食材としてそのような食材を使う場合には、その食感がまったく変わってしまうようにするのではなく、食感が生かされるような切り方、加熱方法を選択することが重要である。もちろん、主食材の特徴が風味にあり、それを生かすために食感を変化させる必要があると判断することもある。
切ることによって変化する食感
硬い食材であっても、薄く切ったり、小さく砕くことによって硬さを感じさせないことも可能である。フグやカレイ、ヒラメなどコラーゲンが多くて硬い筋肉を持つ魚の場合は、薄く切ることによって、噛み切れるようにし、口腔内の滞在時間を短くできる。そうすれば、咀嚼の途中で醤油やポン酢などの調味料だけが先に無くなってしまうことを防ぐことができる。ハモという魚は小骨が多く、そのままでは食べられないため、骨切包丁という特殊な重い包丁を用いて、1mm間隔程度に切り目を入れることで小骨を切り、短時間茹でたりして食べさせることが多い。
加熱によって変化する食感
筋肉
動物の筋肉は、魚肉であれ畜肉であれ、同様の構造をしている。最小単位は筋原線維であり、それがまとまって筋線維という細胞を構成し、その周りに結合組織(コラーゲン線維)がまとわりつくことで筋線維束となる。筋線維束が集まって筋肉を構成する。加熱されると、40℃程度から筋線維タンパク質の構造が変わり始め、タンパク質に結合する水が遊離し、細胞内に蓄積し始める。50℃を超えると、ミオシンという筋線維タンパク質は変性凝固しはじめ、硬さが出てくる。55℃を超えると、ミオシンは凝固し、切ると肉汁が出てくる。60℃を超えると、コラーゲン線維が収縮し始め、細胞を圧迫するため、肉汁が滲み出てくる。70℃を超えると、コラーゲン線維は水溶化しはじめ、肉は縮んで肉汁はほとんど出なくなり、色も灰褐色となる。90℃を超えるとコラーゲンは急速に水溶化し、筋線維同士も簡単に離れてほぐれるようになる。
つまり、筋肉を柔らかく調理するためには二段階あることになる。第一に、55℃から60℃程度の加熱であり、コラーゲン線維が収縮する前の段階で、ステーキで言うとレアからミディアムレア程度である。第二に、コラーゲンが水溶化するほど加熱する段階で、シチューなどが当てはまる。日本料理においてもウナギやアナゴはコラーゲンが多く、長時間加熱することで柔らかく感じさせる調理がある。
野菜
野菜、つまり植物も動物と同様に細胞からなるが、動物と異なるのは、細胞壁を持つ点である。細胞壁は植物細胞膜の周りを取り囲み、組織を構造的に支えている。細胞には液胞という水分を多く含んだ器官があり、水分が十分にあると、液胞は大きく膨らみ、細胞膜と細胞壁に圧力をかける。そのため、新鮮な野菜は、しっかりしたハリのあるテクスチャーを持つ。逆に感想などで水分が失われると、液胞の圧力がなくなり、しんなりした野菜になってしまう。従って、野菜がしんなりしてしまった場合、水に浸けることでテクスチャーが回復することもある。野菜サラダなどを作る際に、しばらく切った野菜を水に浸けることがあるが、それは食感をパリッとさせるためである。
細胞壁は主にセルロースという硬い繊維とペクチンという接着剤のような働きの成分からなる。セルロースは加熱しても柔らかくなりにくいが、ペクチンは加熱によって溶解する。野菜を茹でるなどして加熱すると柔らかくなるのはこのためである。一方、50℃から60℃の温度帯をゆっくり通過させる加熱方法を取ると、ペクチンメチルエステラーゼ(PME)という酵素の活性が高まり、細胞壁のペクチンを硬化させることも可能となる。この反応を活用することにより、加熱後も食感のしっかりした野菜にすることができる。
日本料理で必要な食感
日本料理はフランス料理などと違って、箸で食べるため、素材は口に入る大きさである一寸(3.3 cm)の大きさに切り揃える必要があると言われている。そうでなければ、箸で切れる柔らかさである必要がある。
日本文化では「不均一さ、不完全さ」が重要な概念としてある。完全なものを良しとしないことで、「変化」を意識させることができる。これが料理においても影響しており、均一な食感よりも不均一な食感が好まれる。これを食感の「ヘテロ感」といい、人工的でない、自然な印象をあたえることができる。
月刊専門料理の「おいしさをデザインする」連載時、2014年6月号では、瓢亭の高橋義弘さんに出ていただいたが、椀種に用いる真薯は完全な球形や表面が滑らかな状態に仕上げないようにすることが重要とのことだった。また、真薯の中身に関しても、白身魚のすり身にハマグリを切ったものを入れるのであれば、身だけでなく内臓も入れることで様々な食感を感じさせたいとの意図を持っておられた。
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