「料理人の考えていること」の3つめは「主素材の旨みが引き出されていること」である。
「うま味を含むおいしさがテーマ食材からきちんと引き出されているかどうか
和食といえば、だし、だしと言えば、うま味である。うま味はたんぱく質摂取のシグナルであるが、日本料理は、炭水化物や野菜をうま味を付与することで大量に摂取するように発達してきた。
和食の特徴とは何だろうか。和食は世界で唯一、うま味を中心に料理してきたと言われる。フランス料理やイタリア料理、中国料理など、発達した食文化は、油脂を多く使うことで食材をおいしくしてきた。一方、日本料理は「だし」や「醤油」「味噌」などのうま味成分を多く含む「調味料」が重要な役割を果たしてきた。
例えば小麦を粉に挽いて、水で練り、「麺」として食べる料理を世界に多くある。イタリア料理では生クリーム、オリーブオイルなどの油脂を多く使って、小麦をおいしくするという考え方である。とはいえ、チーズも多く使い、チーズはうま味成分が多いので、イタリア料理はうま味も油脂も、ということで、世界中で好まれる美味しさなのだろう。中国料理では、豚や鶏の肉や骨を熱水抽出した「湯(タン)」と肉などを煮込んだものを使う。
一方、日本のうどんは鰹や鯖などの魚と昆布から作成した「だし」と醤油などを使い、油脂はほとんど含まないもので、小麦を味付けするのである。野菜でも同様で、日本は季節に採れる野菜をうま味を含む調味料で味付けして食べるという技術が発達している。
味とは何か
味成分は「栄養の情報」を脳に伝えている。塩味はミネラル、甘味はエネルギー、うま味はたんぱく質、酸味は腐敗、苦味を毒物のシグナルであると考えられている。
塩味は塩化ナトリウム(NaCl)という物質のみが呈する味である。自然界ではNaClが純粋に存在する状況は少なく、海水であってもNaCl以外のミネラル(カルシウムやマグネシウム等)が含まれる。それら全ての味を認識して摂取するよりも、NaClのみをシグナルとして認識しておけば、ミネラル全般が摂取できることになるのである。デンプンなどの炭水化物は、分子が大きいので、甘味受容体にくっつかないため、味として感じられず、その分解物であるブドウ糖などの糖は甘い味がする。従って、甘い味を呈する食品を食べることで、エネルギーが得られることになる。
同様にたんぱく質も分子が大きいので、うま味受容体にくっつかないため、味として感じられず、その分解物であるアミノ酸にはうま味を呈するものがある。肉などのたんぱく質を分解すると最も多いのはグルタミン酸であり、そのナトリウム塩であるグルタミン酸ナトリウム(Mono Sodium Glutamate; MSG)は強いうま味を呈する。最も多いアミノ酸を感じることができれば、たんぱく質を効率よく探せるように進化したのだろう。アミノ酸だけでなく、動物が死んだ後に筋肉中のエネルギー物質が壊れてできるイノシン酸(Inosine mono phosphate; IMP)も、うま味を感じさせる。
うま味の相乗効果
MSGとIMPを同時に味わうと、MSG単体のうま味の強さとIMP単体のうま味の強さを合わせた以上に強いうま味を感じる。これを「うま味の相乗効果」という。これは、MSGがうま味受容体にくっついた上に、IMPがくっつくことで、MSGがうま味受容体から離れにくくなることが原因であろうとされている。
日本料理で使われる「一番だし」は昆布(乾燥させた昆布)とかつお節(鰹を茹でた後、乾燥させ、燻製し、カビをつけてカビの脂質分解酵素による脂質分解を起こしたもの)を熱水等に抽出して作成する。昆布にはMSGが多量に含まれており、かつお節にはIMPが多量に含まれている。つまり、一番だしは昆布のMSGとかつお節のIMPを抽出したものであるため、うま味の相乗効果を感じさせることができる。
うま味?旨み?旨味?
ちなみに、科学的に定義されている「うま味」は、単にMSGの味を表現する言葉であり、美味しさを表現する言葉ではない。NaCl(塩化ナトリウム)の味を表現するのが「塩味」、クエン酸の味を表現するのが「酸味」、と言っているのと同じである。一方、「旨み」や「旨味」というのは、「うま味を感じさせるような美味しさ」のことを言っていることが多い。英語では、うま味をUMAMIとするので、より混乱させることもある。
うま味が分かるのは日本人だけ?
では、うま味は日本人だけにわかる味覚だろうか。うま味受容体は、動物にある程度普遍的に存在し、日本人だけでなく、全世界の人間に存在する。世界の料理でもうま味は活用されており、中国料理では鶏や豚などを熱水抽出し、湯(タン)を取り、料理に用いる。フランス料理でも鶏や仔牛などを熱水抽出し、Fond(フォン)を取り、ソースのベースとする。これらの「だし的なもの」は、料理にうま味を付与する。MSGは昆布に多く含まれるが、他にも含まれる食材は多く、トマトやチーズ、生ハムなどに多く含まれる。イタリア料理では、これらがよく活用されている。日本には、うま味がわかりやすい調味料や料理があったため、うま味を実感として感じやすいため、日本人は理解しやすいだけである。
うま味パラドクス
では、なぜ日本人がうま味を特別に扱っているのだろうか。それは、日本人が肉食を禁止されてきた歴史と関係があると思われる。日本料理では、炭水化物や野菜を塩とうま味で味付けして食べる料理が多い。コメやコムギなどの炭水化物にはそれ自体強い味がない。野菜はアクがあったり、青臭かったりとネガティブな味わいのものも多い。それらの食材を塩やうま味の調味料で味をつけることによって大量に摂取し、エネルギーや栄養素を確保してきたのである。たんぱく質のシグナルであるうま味を、炭水化物や野菜の味付けに用いてきたところに日本料理の特徴があると考えている。舌ではたんぱく質のシグナルであるうま味を感じさせ、栄養としては炭水化物や野菜を食べさせるということを、私は「うま味パラドクス」と呼んでいる。これが日本料理の素晴らしいところだと思っている。肉の場合は脂があり、脂とたんぱく質はいっしょに摂ることになることが多い。しかし、日本料理は脂をできるだけ排除して、うま味だけでやっていこうとする。そこに「うま味パラドクス」が成立するのではないだろうか。
うま味を引き出す
さて、料理で「うま味を引き出す」という表現がよく使われるが、それはどういうことだろうか。味を感じるには、閾値(いきち:舌がその味を感じる最小値)以上の物質の濃度が必要であり、物質が入っていても閾値を超えないと味を感じることはできない。味物質は水に溶けるものが多く、水に溶けないと味を感じることができない。つまり、「うま味を引き出す」とは、「うま味成分を水に溶け出させて閾値以上の濃度に調整すること」もしくは「素材を乾燥したり焼いたりすることでうま味成分の濃度を高くすること」であると言える。これを応用すれば、様々なものからうま味のある液体(だし)を取れる。実際、近年は日本料理でもトマトをミキサーにかけてピュレにし、濾過させることで、透明なトマトだしを取って、料理に使っている。
うま味を使う = うま味の転移
うま味成分は目に見えない。うま味をうまく使う調理技術を単純化して考えると、「うま味の転移」であろう。例えば、鰹節、昆布のうま味成分を一回水に転移させて、「だし」にし、移したうま味成分をセロリに転移させると「セロリのお浸し」になる。この転移がうま味の使い方の本質的なところであるので、目に見えないうま味成分を「転移させている」という想像力が重要になる。この食品からここに移して、とイメージをもつと考えやすいのではないかと思っている。
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