「料理人の考えていること」の4つめは「主素材の主役感があること」である。
一皿の料理を記憶に残すために必要なのが主役感である。食べさせたい食材を主
役として際だたせるためにはどのようにすればよいだろうか。
主役感とは、一皿の料理において、主素材が主役として存在感を感じさせるような仕立てになっているかどうかである。ただし、素材には様々な側面があり、どの側面を生かして主役感をデザインするかをよく考える必要がある。その主素材が特に他の食材と異なって良い点は何なのかを全体のバランスから検討すると良いだろう。
何を食べさせたいか、を表現する方法として重要なのは「焦点」の集め方である。視線においていうと、主素材の大きさや色、形によって焦点を集めることもできる。口に入れた後であれば、味や香り、食感によって、主素材が持つ特徴を強調し、分かりやすい状態にすることが重要である。
フランス料理の場合は、主食材の特徴を強調することで主役感を感じさせることが多いが、日本料理の場合は、全体のバランスの中で感じさせることが多い。例えば、アユを主食材とした場合、あるフランス料理のシェフは、アユを頭、中骨、身、内臓に分け、頭と中骨は油でカリカリに揚げ、身は低温で加熱することで柔らかな食感に仕上げ、内臓はソースに混ぜ込んで苦味のあるソースとして、皿に盛り付けた。これは、アユの持つ特徴を分解してそれぞれの特徴を強調しようとしている考えの表れである。
一方、日本料理では、串に刺して頭を下にして炭火で長時間焼き上げることで、内臓が溶け出てきた脂で頭を揚げるように火を入れ、身はふっくらと焼き上げ、タデという辛味のあるハーブをすったものと酢を合わせたタデ酢で食べさせる。これは、アユの内臓のもつ脂を加熱媒体として頭を加熱し、タデ酢で脂を感じさせないようにすることで、身の持つ柔らかな食感に焦点を当てることが目的である。
主役感はなぜ必要なのだろうか。主役感がない料理は、客の記憶に残らない。記憶(陳述記憶と呼ばれる言葉で説明できる記憶)には、意味記憶とエピソード記憶がある。意味記憶とは言葉の意味に関する記憶であり、エピソード記憶とは時間や場所、感情の記憶である。意味記憶とエピソード記憶は関連しあっており、「何を食べたか」が不明瞭な料理は記憶に残りにくいと思われる。
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