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執筆者の写真川崎寛也

「新しい料理をデザインする」考え方

科学の世界で、「巨人の肩の上に立つ」という言葉がある。

これは、科学者というのは、これまでの多くの科学者が築き上げてきた成果を基礎として、自分の成果が得られる、というような意味らしい。私は謙虚さが必要という意味にとっている。


この言葉を知ったとき、料理の世界でも同様であると感じた。新しい料理を考えるとき、必ずそれまでの知識や経験、自分の修行してきた分野の文化や歴史、技術、その分野以外の分野や歴史、技術を基礎として考える他ない。


まったく創造的に考えることは不可能である。

もちろんゼロから考えることは難しいが、巨人の肩の上に立ったしても、新しい料理を考えることは難しいものである。


これまで、多くのトップシェフが新しい料理を考える様子を見てきたなかで、「新しい料理を考える考え方」を整理できるのではないかと思うようになった。

それが整理されて、使いこなせるようになれば、天才シェフでなくても、独創的な料理を考えることができるのではないかと考えた。


もちろん、「美味しい料理」を作る技術を持った上で、であるし、食文化へのリスペクトを踏まえ、ストーリーがあることが重要である。


料理人の限られた時間を、いかに創造的な時間として使うかに役立ててもらうか、を考えた末、まとめてみることにした。


基本的には、月刊専門料理の連載や関西食文化研究会などでも、テーマに沿ってまとめてきた内容を再整理した内容である。


まず、全体像を示す。




STEP 1調理法の再検討


STEP 2 調理法の分解と再構築


STEP 3 組み合わせる マトリックス法

3-1 調理操作

3-2 加熱方法

3-3 発酵技術

3-4 パティスリーの技術


STEP 4 伝統に向き合う、素材に向き合う、未来に向き合う 何を表現したいか?


のように4つのステップに分けてみた。



STEP 1 調理法の再検討 温度


これは、新しい料理というより、調理技術の完成度を高めることに等しい。

肉にしろ魚にしろ、野菜にしろ、火入れの難しさは、素材というものは、全く成分の異なる組織の集合であり、それぞれ加熱による変化が異なるにもかかわらず、素材として一つにまとまっていることに由来する。


つまり、肉であれば、筋線維は数種類のたんぱく質であり、それをまとめる結合組織はまた別のコラーゲンというたんぱく質であるため、温度による収縮や変性が異なる。肉の火入れとは、このヘテロな素材を同じ熱源で温度を上げるという行為である。

既存の火入れ技法を、加熱器具を考え直したりすることで、十分新しい料理となりうる。



STEP 2 調理法の分解と再構築


料理とは、基本的に「分解と再構築」であると考えている。

分解には「食材の分解」と「調理の分解」がある。


食材の分解とは、例えば肉を加熱して肉汁を抽出するということは、肉を「肉汁」と「それ以外」に分解していると考えることである。その肉汁部分を水で薄めたものが「だし」と言える。


調理の分解とは、例えばステーキを焼くという調理を、「表面のメイラード反応」と「中心温度を58度に上げる」と分解するということである。いわゆる低温調理は、それを実現したものと言える。


再構築は「鍋の中」「皿の上」「舌の上」「頭のなか」で行うことができる。肉から肉汁を分けとって煮詰めてソースにし、肉は適切に火入れをして皿に盛ることは、「皿の上」での再構築であると言える。


伝統的な料理を、分解して再構築することで新たな料理として出すことは、多く行われている。ただし、重要なことは、分解と再構築が主目的になっていないことである。伝統を超えることは難しいが、何らかの意味で超えていないと、分解と再構築の価値がなくなってしまうだろう。



STEP 3 組み合わせる マトリックス法


マトリックスとは、表のようなもので、縦と横に異なる情報を入れると整理しやすいので、よく使われる。最初に考えるのは、そのジャンルで使われていない素材を取り入れることだと思うので、それは避けた。日本のハーブをフランス料理に使う、日本独自の野菜をフランス料理で使う、等のことは多く行われているし、キリがないのでここでは触れない。

下記の4つのアイデアで考えてみた。


3-1 調理操作

素材と調理操作

これは、素材と調理操作のマトリックスである。


例えば、「肉類」の成分を、「水に移した」ものが、フォンでありだしであると考えることができる。フランス料理では、フォンは様々な肉類から取りつくされているだろうから、新しいだしは、難しいかもしれない。日本料理ではどうだろうか。日本料理としておかしくない肉類からだしを取れば、新たなだしとして捉えられるかもしれない。


また、マトリックスでは、空欄はあまり考えられて来なかった部分になる。そこを発明できれば、新たな料理の発明に繋がりやすいと考えられる。


このように考えるのが、マトリックスの考え方である。マトリックスを眺めてみて、空欄でピンとくる組み合わせが思い浮かべば、新たな料理として考えてみるとよい。


また、実際できるかどうかは、科学的なことも考える必要がある。例えば、味成分は水に溶けるので、「油に移す」ことは難しい。それを知っていれば、効率よく空欄を埋めることができるだろう。


3-2 加熱方法

素材と加熱調理

これは、素材と加熱調理のマトリックスである。

加熱調理は、調理器具に依存するので、ジャンルによる違いも大きい。串に刺して炭火で焼く、のは日本料理独特であったりする。


しかし、蒸し料理が中国料理や日本料理で使われていて、フランス料理にも使われるようになったように、基本的には、加熱調理技術はジャンルを超えられる。赤字はあまり一般的ではない組み合わせを示している。


加熱調理はどのジャンルでもきっちりとした定義が与えられているので、他のジャンルの加熱調理技術を深く追求すればするほど、新たな面白さが発見できるだろう。


3-3 発酵技術

発酵技術については、「発酵食品を作る」マトリックスと「発酵食品を使う」マトリックスを考えた。


発酵食品を作る

「発酵食品を作る」方は、月刊専門料理の連載でも一部紹介した。原材料と菌の組み合わせで伝統的な発酵食品が成立しており、その組み合わせを新しくすることで、新たな発酵食品ができる。


しかし、注意しなければいけないのは、伝統的な組み合わせは、腐らないように厳密に条件が検討されてきたため安心だが、新たな組み合わせをトライするときには、腐敗等に気をつけないと危ない。


そこは科学的な調査が必要であろう。NOMAなどはそこも踏まえて新たなトライをしているようである。



発酵食品を使う

「発酵食品を使う」方は、既存の発酵食品を用いて、新たな料理を考えるマトリックスである。発酵食品独特の味や風味を自由自在に移したりすることで、その皿は独特の風味をまとう。



3-4 パティスリーの技術


パティスリーの技術と食材

最後は、パティスリーの技術を、料理に応用するには?を考えるマトリックスである。パティシエの技術は、料理人と切磋琢磨しつつ独自に進化してきており、料理人としては、取り入れることで、新たな気付きが多い。


一方で、パティシエの技術は、砂糖を味付けとしてだけではなく、砂糖の保水性やたんぱく質への影響などの物理化学的な特徴を生かしていることも多く、砂糖が必須である場合がある。


このマトリックスでは、砂糖を使わなくてもできそうなものを選んだつもりである。パティシエの技術は専門外なので、空欄ばかりで申し訳ないが、店のパティシエと一緒にマトリックスを作って考えてみてほしい。



STEP 4 伝統に向き合う、素材に向き合う、未来に向き合う


以上のSTEPは、STEP 4のためにあると言える。STEP 1から3は、技術論であり、STEP 4を考えるときの道具である。


伝統とは?素材とは?未来とは?を表現するために、STEP 1から3の考え方を駆使して新しい料理を考えることで、技術のための技術にならない料理になるだろう。


例えば、「サステナビリティ」を表現するとすると、サステナビリティには色んな見方があることに気づくだろう。それはその料理人のポリシーの問題になってくる。


その土地で昔は食べられていたが、いまは食べられていない食材を使うことで表現したいのであれば、その食材をどう「分解」し、どう「加熱するか」を考えるときに、STEP 1から3の考え方が役に立つと思う。



まとめ


以上のように、現時点で「新しい料理をデザインする」考え方をまとめてみたが、今後もアップデートできるように、考えを深めていきたい。


新しい料理を考え、残すことは、調理技術の発展であり、料理界の発展に繋がる。思いつきではなく、論理的に料理を考えることができれば、伝える時にも伝わりやすいだろう。今後必要になっていく「デザインする技術」「考える技術」だと思っている。

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