ひまなので「無限ほにゃらら」について考えてみました。
何年か前から「無限ピーマン」「無限キャベツ」「無限ニンジン」「無限もやし」など、「無限ほにゃらら」という料理が家庭料理としてよく検索されているようです。
「無限に食べられる」というのは、料理として興味深いと思い、なにか共通のルールがあるのではないかと考察してみました。
主材料は何らかの野菜で食感は硬すぎず、やわらかすぎないように軽く加熱されています。
調味料として、ツナ缶、がらスープの素など、ごま油、黒胡椒、ごま、といったところでしょうか。
これは、ツナ缶とがらスープの素の「うま味」、ツナ缶とごま油の「油脂感」、そして黒胡椒の「フレーバーアクセント」によるヘテロ感が重要であると考えました。
調味料というものの存在意義について、栄養素のシグナルという観点からいつも考えています。
人間には、三大栄養素と微量栄養元素が必要です。三大栄養素であるたんぱく質、脂質、炭水化物は、分子量が大きすぎるため、舌の味覚受容体にくっつくことができません。なので、たんぱく質の分解物であるアミノ酸、炭水化物の分解物である糖を味覚受容体で感知することで、たんぱく質と炭水化物の存在を知ります。脂質についてはまだ議論がありますが、舌で分解物としての脂肪酸を感知していたり、酸化物である脂質酸化物の匂いを嗅覚で感じ取ります。
微量栄養元素については、ミネラルの存在は塩味で感知します。ビタミンは感知するシステムを持っていません。なので、例えばビタミンCの欠乏に気づかずに壊血病などがあったのでしょう。
つまり、極論すれば、主素材に、うま味、甘味を足すことで、たとえ主素材に実体としてのたんぱく質やでんぷんが含まれていなくても、「食べたい」と思わせるのが、調味料だと考えています。油脂は1gあたり9kcalという効率の良いエネルギー源のため、実体としてのエネルギーもあり、食べたいと思わせる力はすごいものです。
もう一つ重要なのが、黒胡椒によるヘテロ感です。ヘテロ感とは「不均一さ」を感じることです。同じ味や風味のものを食べ続けると、それへの食欲が落ちてしまいます。これは、脳の眼窩前頭皮質という部位の応答で証明されており、「感覚特異的飽満感 Sensory Specific Satiety」といいます。お腹がいっぱいになってないのに飽きてくることで食べたくなることです。しかし、味や風味が変わると、また食欲が出てきます。これは、身体の大きなサルが、ジャングルなどで自分の周りの餌を食べ尽くさないように進化したためと考えられます。なので、黒胡椒も、粒を挽いたものが不均一にフレーバーのアクセントになるため、適していると思います。
人間は何万年も必要な栄養素は変わっていませんし、その当時の食べ物にしか適応していません。当時は何時間もかけて硬い穀物や野菜や肉を食べていたでしょう。本来、効率の悪い食べ物に適応した身体(それでも生きていける身体)なので、現代のように、「5分で2000kcal摂れる」ような食品を食べると、それは肥満しますよね。
料理とは、そうやって自然である食材を柔らかくしたり消化しやすくしたり、栄養素の存在を感じさせたりすることであり、それによって食事の時間を減らせたために、人類は発展したと言えます。
無限ほにゃららに戻りますが、こうやって、「無限ほにゃらら」というものは、濃いめの塩味、うま味、油脂によって強く食べたいと感じさせ、それでは飽きるので、挽いた黒胡椒で風味のヘテロ感を感じさせ、「無限に」食べたいと思わせるのだと考えられます。「無限ほにゃらら」は食欲をうまく利用した料理だと言えますね。それで野菜が多く摂れれば良いのではないでしょうか。
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